太極拳と健康
 
関 堂 文 男


 最近、初級班の指導と同時に新規会員募集の仕事を担当している関係で、初回の練功時に「太極拳と健康」というテーマで講義をしています。一時間足らずですが、プリソトを配り、素晴らしい太極拳を長く統けてほしいという願いを込めて行なっています。もちろん配付したプリソトについては、後で読んで何時でも質問してもらうことにしています? その内容を会報にという声もあって多少加筆して寄稿することになりました。

 太極拳とは!武術(拳法)を整理する中で陰陽の思想や中国古代の「導引法」「吐納法」(気功法)をも結合させることによってでき上がった武術で、三百数十年(明末から)の歴史をもっている。現在は気を練り、心身を充実させる健康法として行われる事が多い。新中国では普及の必要性から種々の新しい太極拳が制定された。

呉作人作


1956年 中国体育運動委員会が簡化太極拳24式を制定。
1962年 人民体育出版社が「太極拳運動」を出版。簡化太極拳、88式太極拳、太極 推手、32式太極剣を掲載。
1979年 48式太極拳の制定。
1990年 太極拳競技套路(42式)と伝統四式太極拳競技套路(陳式、楊式、呉式、孫式)が制定。


 では、太極拳と健康とはどのように結びついているのだろうか。先ず、古くからある言葉から探ってみよう。
 太極とは! 天地がまだ分かれてない以前の宇宙であり、万物の原始・万物生成の根元(広辞苑)である。宇宙が太極(無極)で人体が小太極(小宇宙)ということもある。


 気の一元論! 中国では古くから万事万物は気からなるという考え方がある。気とは世の中を成り立たせ、構成しているもので、基本的な最小単位であると考られている。
 気・血の流れ! 中国医学では生命の源が気・血だとされている。この気・血が体内を流れ、その流れが順調だと健康でいられるし、それが滞ると病気になるとされている。この気血の流れが通過し、連絡しあう通路が経絡と呼ばれるものである。


 太極拳の本を開くと気・血とか経絡とか、分かりにくい言葉が並んでいるが、大体以上のことを頭において読んでいくとよいかと思う。ともかく身体を運動させると気血の流れがよく、健康が維持されるという事になる。


 〔太極拳の理論〕単なる技能・技術としての拳法と違って「易経」の太極・陰陽の高度な哲学理念に基づく理論を持つ拳法である。
 〔太極拳の目的〕中国に古くからある太極拳の動作を教える歌言葉の中の一句に「益寿延年、不老春」というのがある。言い換えると、目指すは「生涯健康」そして「生涯青春」ということである。
 〔太極拳の特徴〕「静中、動にふれ、動にしてなお静なるがごとし」。その動作は流れる水、行く雲の如く、軽く柔らかく、穏やかで動中に静を宿している。体と心も鍛える武術である。また姿勢の高低によって運動量を調整することができる。
 〔太極拳は最高〕この言葉を言い切った呉式太極拳の名手、当時103歳の呉図南老師の言葉を紹介しよう。「生命は運動にあり、運動は太極拳に勝るものなし」。まさに名言である!


 さて太極拳はなぜ最高なのか?それは特異な運動形態にある。立身中正、沈肩墜肘、中腰の姿勢を中心としたユックリした運動の連続と、自然呼吸からユッタリした腹式呼吸への移行、これらが太極拳を動く気持ちよさを生み出しているからだと思われる。これは他のスポーツでは得られないものである。
 次に、太極拳の健康に対する効果を運動生理学上から考察してみよう。


 A.筋肉を鍛え、ボケを防止:膝をゆるめた低い姿勢(中腰の姿勢)で動き、呼吸を合わせながらユックリ動くので緊張筋(不随意筋)をすごく使う。有酸素運動のため、心臓機能が高まり、持久力がつく。また脳の活性を高めるために重要な緊張筋を使うことはボケ防止にもなる。血液の流れもよくなる(ミルキング・アクション)。動きを見て覚え、そのイメージで体を動かす反復練習は右脳の神経細胞を活性化するのに好適である


 B,自然呼吸から腹式呼吸へ:姿勢や動作を正しく把握しきれぬうちに呼吸に気をとられると、呼吸がとぎれたり、つまったりしやすく、悪影響を及ぼしかねない。始めのうちは呼吸はごく自然に無理なく行なう。胸をゆるめユッタリと自然呼吸を続けていけば、上肺部での浅い呼吸から下肺部を中心とした横隔膜による深い呼吸になる。息を吸った時に腹部がふくらみ、吐いた時に腹部はすぼむ(腹式順呼吸、その逆が腹式逆呼吸)。内臓は横隔膜による上下運動と腹部の前後運動により柔らかくマッサージされる。これによって血液の循環が盛んになり、内臓の蠕動か促進される。深くユッタリした呼吸は精神を安静状態に導き、ストレスを和らげる


寿者相図軸 呉昌碩

 C.免疫力を高め、骨・関節の老化を防ぐ:我々の身体も運勤しないと色々なところから衰えてくる。運動習慣は基本的な生体防御や免疫機能などにも有利に働くと考えられている。骨に太切なカルシウムの定着量にも影響が及ぶ。骨の取入れ量と流出量のバランスは、身体を勤かす時に骨に伝わる刺激によって良い状態に保たれている。もし、運動が不足すると骨のカルシウムが減り、骨が弱くなってしまう。逆に、運動をよく行なっていると骨のカルシウム量も増え強くなる。


 〔島田正吾先生の健康法〕:新国劇の島田正吾先生は今年九十五歳、舞台に立つのは年に二日、ひとり芝居の時だけである。「夢はね、九十九歳、白寿のひとり芝居なんですよ」という。愛煙家で大がつく酒豪家、その両方ともやめたという。「舞台に上がるためだ。仕方がないね」って笑う。その彼の健康法は
1.食欲を保つ。
2.毎日一時間の散歩。
3.しゃがみ運動(スクワット)


 これらの運動法の中で、しゃがみ運動は特に有効と思われます。わたくしも講義の時には、次の4項目について説明しながら実習しています。
 1.〔立身中正〕:正しい姿勢の基本は、顎を引き、首をできるだけ長く仲ばし(頚椎を“抜く”という動作)、背筋を仲ばし、腰のそりを減らし(命門をわずかにうしろへ)、お尻を出さずに引く。ちょうど頭上にリンゴをのせた感覚をもつ。太極拳では特定の動作以外はこの姿勢を崩さない。


2.〔沈肩墜肘]:肩を沈め肘を落とし、関節を緩める。腋の下には、こぶし一つ入るくらいの余裕をもたせる。肩の力を抜くことは肩を沈めること。


3.〔站“木+庄”功〕:黙って立つだけ。太極拳の基本功でもある。ただし気を感じ、気を練るには最も有効な方法である。放松(ファンソン)体も心も緩める。最初は3分、5分から始めて、立つ時間を増やしていく。


 4.〔しゃがみ運動〕:両足を肩幅に開き、両手を自然に垂らし、背筋を伸ばす。ゆっくりと膝を曲げ、太ももを床面に平行にする。脚を伸ばしてゆっくりと立ち上がる(ヒンズー・スクワット)。島田正吾先生のはサポーティソグ・スクワットです。中国では太ももが更に沈み込む蹲壁功があります。
 以上、4種の運動を時間をかけて行っています。

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